全然完成してない。
そんでもってなんでできたのかわからない。
いきなり始まっていきなり終わる。
「ほらよ、着いたぞ」
ひょいと降ろされて、サヤはゆっくりと扉を見上げた。大きな扉だ。大きすぎて、天辺が見えない。重い鉄の色をして、頑丈な錠が掛かっていた。
「……ほんとうにここなの?」
「俺はそう思うけどな」
細く問いかけた声に、ロチはうんざりとした表情を隠しもせず答える。ここまで来てまだぐずぐずとした態度を見せるサヤに苛立ったこともあったが、それ以上に背後から遠く聞こえてくる喧騒を鬱陶しく思っていた。今はまだ距離があるが、幾ばくもせず追いつかれるだろう。その前に片を付けてしまいたかった。
(十、二十、……ああ、こりゃあもっと多いな。百や二百は下らねえだろうな)
気配で数を数え、把握するのもばからしくなったところでロチは溜息を吐いた。遥か下にあるサヤの旋毛を見下ろして、まだ決めかねている様子に業を煮やして声を掛けた。
「おい、行かねえのか」
ロチの言葉に呆然と扉を見つめていたサヤは、これまたゆっくりとロチへ視線を移し、答えた。
「だって、錠が」
サヤの言葉で初めてその存在に気付いたようにロチはあー、と声を漏らした。魔法もかかってる、とサヤが付け足すのを、うんうんと聞き流しながら、錠に手を伸ばす。
「……ロチ」
「あーはいはい、あーはいはい。ちょっと下がってろ」
言われた通りにサヤは二歩下がったが、不安を抱いたままロチを見上げた。表面しかわからなかったが、この錠にかけられている魔法はその辺にあるような生易しいものではない。生身で触れるのはあまりに危険だ。
「ロチ、あぶない」
「はいはい、黙ってろ」
警告の意を込めて投げかけてもあっさりと流される。ロチに何かあったら、とサヤは歯噛みした。カーガとの約束もあるが、自分の要望を叶えてもらう過程であまり傷を負ってほしくなかった。
ロチの武骨な手が錠に近づくにつれ、パチパチと錠の周囲に結界が現れる。それも無視してロチは錠を鷲掴むように手を進めた。
バシンと弾ける音、そして煙が立ち込める。少し焦げた臭いに、ロチが火傷を負ったことをサヤは知った。
「ロチ、ねえ」
「うるせえってんだろうがクソガキィ」
唸るように静止の声を遮られ、堪らずロチの空いた片手をサヤは握った。
もうもうと上がる白煙の間、ロチの大きな手が結界諸共に錠を捕えた。
そして、そのまま。
ふんッと力む声ののち、錠が盛大に悲鳴を上げてばらばらに砕け散った。
残った部分が未練がましく扉にしがみついているのをひょいひょいと除けてしまうと、さあどうだと言わんばかりにロチはサヤを見遣る。サヤは唖然としてロチを見返すことしかできない。ややあって鼻につく臭いにはっとしてロチの手を取った。
大きな手は未だにかたく握られたままで、しかし端から見えるだけでも酷く焼け爛れていた。無理やり開けば、錠の中心だった残骸がぽろぽろとこぼれ、一面皮膚が剥け、肉が焦げ、赤く血みどろになった掌が現れた。
「……ロチ」
呆然としてサヤは彼の名を呼んだ。何も言えず顔を見上げると、ロチは普段通りの憮然とした表情のまま、サヤに両手を預けている。
はあ、と溜息を吐いてサヤから両手を取り返すとロチはしゃがんでサヤと視線を合わせた。
「何でもねえよ、こんなの」
「……でも」
「すぐ治る。んな顔すんな」
「……ごめんなさい」
「謝んな。てめえみてえなちんちくりんのクソガキに心配されるほど柔な体してねえし、そもそもこれくらいの怪我は予想できてた。これまでが上手くいきすぎたんだよ」
サヤの潤んだ瞳を覗き込んで、ロチは溜息を重ねた。
「あのな。俺は何でも屋だ」
「……うん」
「てめえの体張ってなんぼの商売だ」
「……うん」
ここまでで力尽きた。