ブログ更新しなさすぎて最早何から書けばいいのやら。
ということで書きっぱなしで投げ出してるものを投げておきます。続きは気が向いたら…。
たぶんキコキーと思われる。ふわっふわにござる。
『風が吹くのは海の底』
キリコ @art_sweets
キリコは左目から真っ青な花が咲く病気です。進行すると感情の起伏が激しくなります。人魚の鱗が薬になります。 http://shindanmaker.com/339665
「なんか、目が変なんだ」
そうキーコが告白してきたのは、イースターも過ぎた頃だった。そして、キーコはきっと一人で解決しようとしていた。─キーが問い詰めなければ。
「変? どういうこと?」
「んー……何て言えばいいのか……」
言い淀むキーコとは珍しい。頭の片隅で思いながらキーはキーコの目を見つめた。相変わらず綺麗に光る瞳だ。精霊の娘だからということを引いても、キーコの瞳はうつくしいとキーは思う。いつも真っ直ぐに今と未来を見据える目。いにしえの精霊に学び、ヘーレで魔法を身につけ、きっと更に多くのひとを魅了していくであろう目。
その目が、精確には左目が、少し歪められていた。綺麗な雷色に翳りが出ていて、そのことがキーにはとてもつらかった。
だからここのところずっと、事ある毎にぐりぐりと左目を擦る彼女を不審に思って問い詰めたのだ。最近、やけに左目を擦っているけど、どうかしたの? と。
キーの問いかけに、キーコは何もないさ、とへらりと笑って誤魔化そうとした。が、キーの目の色に真剣さしかないことに気付いたらしい。曖昧な笑い(これも酷く彼女らしくないものだ)は困った笑いに変わり、やがて迷うような表情へ移った。目の前に立ち塞がり、答を聞くまで通すものかと梃子でも動かないキーに辟易していたのかもしれないが。
「なあ、キー。授業、始まったけど?」
「それが?」
「行かなくていいのかい? 次は魔法薬学じゃなかったか?」
「キーコがちゃんと答えてくれたら行くよ。それに、授業があるのはキーコもでしょ」
「私はいいさ。サボりなんてしょっちゅうだもの。でも」
「キーコ、私にとって今一番大事なのは、キーコの左目がどうかなっちゃったのかしらっていうことなんだよ」
「……しかし」
「授業なんてあとでいくらでも取り返せる。でももしキーコの左目がほんとにどうかなっちゃってたら、取り返しのつかないことになっちゃってたら、私とんでもなく後悔すると思うの」
いつになく強い言葉を使うキーに、キーコは目を丸くして(それでもやっぱり左目は歪んだままで)、それから溜息を吐いて高い天井を仰いだ。
「……困ったなあ、ライチにも気付かれなかったのに」
「ライチ先輩は自分のことさえ把握してないこともある鈍感なひとなのに、キーコのことに気付けるはずないじゃない。さあ、観念して話してちょうだい、キーコ」
「参ったなあ……」
そんなやり取りをして、冒頭のキーコの告白に至る。
変、の具体的な言葉を探していたキーコが、ようやくぼそぼそと答を出した。
「なんだか、もぞもぞするんだよね」
「もぞもぞ? ……痙攣してるとか?」
「んん、違う。なんか……何か私と違うものが目の中にある感じがして」
「ゴミが入ったとか?」
「まあ、感覚としてはそんな感じかな」
「ちょっと見せて」
手を伸ばすキーに、いいよ、とキーコが腰を屈める。身長差があるために自然とキーが爪先立ちに、キーコが中腰になった。
じっくりと見ても、特にゴミは見当たらなかった。睫毛が入っているようでもなかったし、表面が乾いているわけでもなかった。いつもより少し翳った雷色があるだけ。翳った、という部分が何よりも重大な問題なのだが、それの解決になるような糸口は見つからなかった。
「ありがとう。……よく、わかんないね」
「だろ。自分で鏡を見てもさっぱり判らん」
「でも、ちょっとだけ色が翳って見えた」
「翳って?」
「うん」
ふむ、とキーコは唸ると小さな手鏡を取り出して覗き込んだ。ぱちぱちと瞬きを繰り返し、角度を変えて鏡を熱心に覗く姿は新鮮だ。
「……自分じゃわからんな」
「まあ、自分のことだしね。それより、キーコが手鏡持ってたことにびっくりした」
「普段は持ってない。左目に違和感が生じてからだよ。だけどそうか、キーがそう言うなら、翳っているのかもな。それはちょっと困る」
手鏡を仕舞い、キーコはどうしようかと腕を組む。何が困るのかは検討もつかなかったが、とりあえずそれは横に置いて、キーは告白を受けてからずっと考えていたことを訊いた。
「ねえ、キーコ。マダム・クルサのところには行ったの?」
「……いや」
歯切れ悪く答えるキーコもまた珍しい。今日は随分と珍しいキーコが見れるなあ、なんて思いながら、キーは畳み掛けた。
「どうして? マダム・クルサの腕を信用してないの?」
「まさか。彼女はとても優秀な癒師だとも」
「じゃあ、なんで?」
「…………」
「キーコ」
「……ちょっぴり、苦手なんだよね、あの人」
思わぬ返答に目を丸くするキーに、キーコは不貞腐れたように、だって話は長いし、そのくせこっちの話は聞きやしないし、とぶつぶつ言い訳を並べる。珍しい。ほんとうに珍しい。
「キーコにも苦手な人っていたんだ」
「キー? 私だって一応人間だよ? 半分だけだけど」
その自覚はあるんだ、という言葉を辛うじて飲み込んだ。
しかし苦手だからと校医の元へ行かないのはよくない。ただでさえ原因がわからない奇病が最近流行しているのだ。もし仮にキーコの左目に起こっていることがその奇病だとしても、マダム・クルサなら治療法を持っている可能性はある。何せ、魔法界で五指に入る癒師だ。
「ねえキーコ、マダム・クルサのところに行こう」
「え、嫌だ」
「苦手なのはわかったけど、左目がそのままじゃまずいよ。行こう」
「嫌だ」
「キーコ、お願い」
「嫌だ。キーのお願いでも嫌だ」
頑なに嫌だを繰り返し、キーコはその場を動こうとしない。まるで大きな子供を相手にしているようだった。
いや、ただの子供ならまだよかったかもしれない。
キーは失念していた。失念というより、ありえないと思っていた。
「ね、キーコ」
「うるさい!」
キーコの大声と共に、バキンッと何かが折れるような大きな音がした。
─放電したのだ。
びりびりと痺れて感覚がない左手を、キーは信じられない思いで見つめた。
(キーコが、わたしに、かみなり、を)
痺れは次第に全身へ回る。動かない舌を何とか使って、キーはキーコを呼んだ。
「きーこ」
赤子のように頼りない声に、キーコがはっと我に返り、次いで絶望した表情でふらふらのキーと己の掌を見比べた。
「あ、キー、すまない、こんな」
狼狽えるキーコも珍しい。今日は珍しいことがたくさんだ、とふわふわの頭で考えて、キーは何とか次の言葉を紡いだ。
「いむしつ、に」
それっきり、キーの記憶は途絶えた。