※とうらぶ髭膝(ほも)
※
実 装 前 にちまちま書いてたものゆえ
捏 造 オ ン パ レ ー ド
※もうなんかほんとすみません好き勝手やった後悔はしていない髭膝ください
『響け透徹』
気づいたのはいつだったか、鳴狐はぼんやりと考えた。少なくともひと月以上、そしてふた月は経っていない。それだけは確実である。
縁側で陽を浴びながら、膝の上でうつらうつら舟を漕ぐお供の背を撫でる。既に立春を過ぎた時季、庭先に積もる雪は日に日に姿を小さくし、じりじりと陰を目指して退却を始めている。朝夕は冷え込むが、それもあとわずかの間だろう。こうして濡れ縁に出て転た寝ができるほどにはあたたかくなった。
くあ、と鳴狐は大きくあくびをする。どこもかしこもぬくぬくと春の来訪を待って蠢いている只中にいると、訳も知らず眠くなるのだ。鳴狐の主たる審神者は母の腹の中に還ったようだと例えていたが、鳴狐は刀剣である。鉄を打ち鋼を打ち、炎に巻かれて生まれてきた。ひとの身が如何ほど感じているのかは解らない。だが、この居心地が、ひとが、自分らがあるときは斬り、あるときはいとおしみ、あるときは慰めてきた、ひとびとが、生まれる前にいた場所に近いのであれば。今ひととき、蠢動に身を寄せて眼を閉じるのも悪くはないと思う。
そうした理屈をつらつらと頭の中に書き連ね、いよいよ重たくなってきた瞼を下ろそうとした、そのとき。
(────)
ぱち、と瞬いて鳴狐はお供に注意を払いながら辺りを見回す。影はなく、鬼事に興じるちいさなものたちの声が遠くから聞こえるばかりだ。
(────)
また聞こえた。確かに捉えた。もうすっかり眠気が覚めた頭を振って、鳴狐はより神経を研ぎ澄ませて気配を探った。『これ』を今日ははじめて聞くな、いつもより遅い時間なのにと溜息を隠すこともなく。
この音とも言えぬ音こそ、ここひと月ほど鳴狐の頭を悩ませているものだった。日に数度、多ければ十を超えるほど聞こえてくるこれは決して悪いものではないが、こうも頻繁に耳にしているとたとい無害にせよ、穏やかな生活に影を落とし始めていた。音の出所が不明瞭であることも鳴狐の置かれた現状に拍車をかけている。
そんなわけで、せっかくの小春日和、絶好の昼寝の機会を奪われたいらだちも伴って、今日こそはこの音、もしくは声の主を捕まえて文句の一つも言ってやろうと鳴狐は息巻いた。口下手を極めた鳴狐が実際に文句を言えるかはさておき、とにかくそういう心意気だったのである。
(──・────)
(────・───)
(──・──・────)
(────)
(──────・・──)
(─・────)
おや、今日はまた随分と聞こえてくる。あまり変わらない表情の下で鳴狐は僅かに驚いた。普段は一度に二回、三回と聞こえたらそこで終いであるのに。そして心なしかこちらへ近くなっている。
(─────・──)
(───・・・─────)
近づいてきたその気配を捉えてゆっくりと瞬く。数はひとつ。足音が重たいから、太刀だろうか。
「ん、ああ、粟田口の」
「……あなたは」
果たして、廊下の角からひょこりと顔を見せたのは膝丸だった。先日の大規模作戦で兄の髭切と共に本丸にやってきたばかりの新入りである。平安の暗闇を知る古い刀は右目にかかる白藍の髪を揺らしながら寄ってきて、鳴狐を枕にぴすぴすと鼻を鳴らすお供に破顔した。
「今日はよい日和だものな」
隣いいか、と問われて断る理由もなく隣を示すと、律儀に一つ礼を言って、拳三つ分横に膝丸は座った。
沈黙が下りる。この場で一番お喋りなお供の狐が寝ていることもあるが、そもそも、鳴狐が膝丸の姿を見かけたのは本丸での顔合わせ以降朝夕の食事の席のみ、それも互いに部屋の端と端という有り様だった。必然、会話もなかったから、こうして並んで縁側に座っている状況は身の置き所に非常に困った。しかし離れようにもお供を起こすのは気が引けて、結局大人しく膝丸の隣でちんまりと座っているしかなかった。
音が聞こえた先に現れた膝丸がその主か、もやもやと疑念が浮かぶ。しかし真偽を確認したくとも音は既に途切れていて、無闇に疑いをかけるのも気分が悪い。こうなったらいっそなにか会話の糸口を探して聞き出すべきだろうか。空回りする気持ちを持て余して鳴狐はらしくなく考え込んでいた。
「鳴狐、といったか」
気まずさを破ったのは隣の刀だった。唐突な確認に慌てふためき、とりあえず一つ大きく頷いた鳴狐にそう固くなるなと膝丸は苦笑する。
「一応顔合わせしたとはいえ、まだここのすべてに挨拶できてないものだから、顔と名前が一致してなくてな。驚かせて悪かった」
「……いや、こちらこそ、失礼した、ごめん」
「気にするな。……ところで鳴狐、一つ訊ねたいのだが」
「なに?」
神妙な顔つきで訊ねてくる膝丸に、少し構えて訊き返すと。
「うん、いや、その、……粟田口の刀は随分と多いだろう。特に短刀が。揃いの服だから粟田口だとはわかるんだが、恥ずかしながらどれがどれだか混ざっていつも間違えてしまってな。そのたびにあのおなごのようななりをした短刀に叱られて敵わん。確か乱といったか? あの剣幕は凄まじいな……」
そう遠い目をする膝丸に若干の同情を禁じ得ず、鳴狐は緩く首肯した。藤四郎の見分けについては本丸にやってきたばかりの刀が皆通る道だ。もう随分長くこの本丸にいる粟田口の面々もそのことには慣れたはずだが、そうか、やはり乱だけはいつになっても怒るか。
「あー、それで、お前は同じ粟田口だろう? ……あのちいさな子らの見分け方を教えてはもらえんだろうか」
やはりなあ、と鳴狐は肩の力を抜いた。そろそろだろうと予想はしていたのだ。思わぬ時機に来たというだけで驚きはしない。こうして藤四郎の見分けがつかないと弱った多くの刀の頼る先が、鳴狐なのだ。ある意味『慣れた粟田口の面々』の一振りである。選ばれる理由としては、粟田口一派で、しかし藤四郎でなく、それほど忙しくは見えず、お供の狐を連れているために広い本丸でも見つけやすいからだと鳴狐自身は踏んでいる。鳴狐が極端に無口で取っつき難いと思われていても、お供がそれを補って余りあるほど賑やかなことも要因の一つだろう。
「構わない」
鳴狐の短い返答にぱっと顔を輝かせて膝丸は笑った。
「ありがとう。あの長兄に訊いてもよかったが、なかなか会えなくて困っていたのだ、助かる」
「一期は忙しいから」
「近侍であったものな」
じゃあ、と早速姿勢を正して二振りは講義を始めた。
半刻後。
「うーん? 白くて虎を連れているのが五虎退? 桃色が秋田で? 体の大きくて黒いのは厚、髪が跳ねているのが後藤?」
「正解。金色は?」
「博多、だっただろうか」
「うん。……これでだいたい大丈夫。あとはまた乱に叱られて」
要は慣れだ、と言外に伝えるとしかめっ面でそうか、と膝丸は唸った。乱のお説教は随分と堪えているらしい。それがどうにも苦手なものを食卓に出された甥たちの表情に似ていて堪えきれず吹き出す。笑うなよ、まるで俺が仇敵のように噛みついてくるのだぞ、とこわい顔で膝丸は脅してくるものの、乱が膝丸を叱っている様子がありありと思い描けてしまう鳴狐にとっては微笑ましいものでしかなかった。
そこに。
(──・─・─)
ぱっと鳴狐は面を上げた。あの音だ。
(─・・────・─)
今度はまた随分と近い場所から聞こえてきた。ほんの僅かも離れていない。急に動きを止めて辺りを窺い始めた自分に対する膝丸の不審な視線を感じつつ、慎重に気配を探っていく。
「……敵襲か?」
尋常ではないと思ったのだろう。身を屈めて小声で訊ねた膝丸に鳴狐は簡潔に返した。
「違う……けど、音が、聞こえる」
気配は先程と何ら変わりない。自分の近くにいるのは、膝の上のお供と隣に座る膝丸だけだった。となると、少なくとも最後に聞いた音は膝丸が発したものの可能性が一番高いが、目の前にいる膝丸がなにか特別な動きをしていたわけではないのだ。きゅ、と鳴狐は小首を傾げた。さてどうしたものか。鳴狐と同じように首を捻る膝丸の顔にも訳がわからないと大きく書かれている。
「音? ……向こうで今剣たちが遊んでたが、それではないのか?」
「違う。なにか、響くような、そんな音」
「ひびくような、おと……」
なにやら難しい顔で考え込んで、膝丸ははたと止まってぐるりと鳴狐に向き直った。
「お前、聞こえるのか」
「え?」
真剣さに気圧されて言葉に詰まる。聞こえる、とはあの音を指しているのか判断がつかず、肯定も否定もできなかった。
(──)
あ、また。と目が泳いだところで肩を強く掴まれた。練度差があるとはいえ、太刀の本気で掴まれるとさすがに痛い。……みしみしと不穏な音が耳に届くのは気のせいだ。きっとそうに違いない。
「今の声、聞こえたか」
「い、今の……?」
「衣擦れというか、鐘の籠ったような、こう、ふわ、とか、ほわ、とか、ぼわわ、みたいな」
ますます混乱する例えを並べる膝丸に目を白黒させながら、恐らく自分の聞く音と膝丸の言う音は同じだと見当をつけて鳴狐はがくがくと頷いた。とにかく肩が痛かった。このままでは手入れ部屋行きも免れない勢いである。それは勘弁してほしい。同士討ちで手入れなど笑い話もいいところだ。
「なき、」
「なにこわい顔してるんだ、弟よ」
「兄者」
そこへ救世主が降り立った。膝丸の兄弟刀、髭切である。常の如くふわふわと捉えどころのない笑みを湛えて源氏の重宝は鳴狐の背後に立っていた。
「ほら、粟田口の……えーと、なんだったか」
「……鳴狐」
「うん、そう、なきぎつね。鳴狐が困ってるだろう。放してやんなさい」
「え、……あっ」
兄に諌められてはじめて膝丸は自分がどれほどの力で鳴狐の肩を掴んでいたのか気がついたようだった。やっと解放された肩を擦りながら、すまん、と小さくなっている膝丸の背を宥めてやる。実際に今放されなければほんとうに手入れ部屋に入ることになっていたかもしれないが、まあ結果として問題はなかったのだからこれ以上は不問だ。
「それで、どうして掴みかかるような真似をしてたんだ?」
二振りの和解をにこにこと見ていた髭切が弟に水を向ける。
「掴みかかってはないぞ! ……ただ、その」
「うん」
口籠る膝丸を責めるでなく穏やかに相槌を打つ髭切の姿は、なるほど確かに兄であった。芸人かよ、と二振りが揃ったその日に和泉守が突っ込んだ弟の名前のど忘れがなければ、粟田口が誇るお兄ちゃん・一期一振に負けず劣らずの兄振りだ。
(そういえば)
名前といえば、髭切も膝丸も随分と名を変えてきた刀だと聞いたことを鳴狐は思い出した。髭切は鬼切、獅子ノ子、友切、そして髭切に。膝丸は蜘蛛切、吼丸、薄緑。揃って多くの名を持つ二振りだから、髭切は膝丸の今の名がわからなくなっているのかもしれないと零していたのは審神者であったか。
「鳴狐が、声を聞けると言うから」
考え事から引き戻されて兄弟へ視線を向けると、髭切はいつの間にか膝丸を挟んだ向こうに座してこちらを見ていた。赤銅の瞳は不思議な色を灯して鳴狐を映している。
「声が聞こえるのかい」
静かに問うてきた声音に感情はなく、ただ確認のために尋ねているのだとわかっているのに圧倒されて鳴狐はごくんと息を飲んだ。
「……あなたの言う声というものがわからないけど」
震える舌を叱咤して、ゆっくりと言葉を一つひとつ選び、丁寧に表へ出す。口下手の自覚があるからこそ、鳴狐は言葉に対していつでも慎重だった。
「しばらく前から、音がよく聞こえる」
鳴狐の返答に髭切は口元を和ませて続きを促した。
「どんな?」
「……大きな音じゃない。からくりの立てる音でもない。どちらかと言うと、獣の細い声に近くて……けれど獣と言うにも……少し違って……」
あの音をなんと譬えよう。知識を掻き集めて必死に考える。
「木のうろの中で風の音を聞いてるような……大きな木鈴を聞いてるような……」
さみしい音ではなかった。ぴたりと嵌まる言葉が見つからない。だんだんにしどろもどろになっていく。
「心の臓に響くような……そんな……そんな音で」
最後はすっかり悄気て情けない色を漂わせ、鳴狐はそれ以上なにも言えずに黙り込んだ。普段ならお供がここぞとばかりに代弁してくれるが、今はその助けはない。いや、お供には鳴狐の感じる音は聞こえていなかったようだから仮に起きていたとしてもそこは自分の言葉でと諭してくるだろうか。甘い甘いと周囲に言われるお供と鳴狐の関係は、実は割と厳しいのだ。
「粟田口の」
おもむろに呼ばれ、知らず垂れていた頭を上げる。そんな鳴狐を微笑んで見つめる髭切の顔に暗いものはなかった。
「今から一つ『声を出す』。もしなにか聞き取れたら言ってくれ」
え、と鳴狐が返答をする間もなく、悪戯っ子の笑みを浮かべて髭切は瞼を閉ざして一つ息を吐いた。
(────)
あの音が鳴狐の耳を叩く。
なるほど、これは、……ああ、やっと繋がった。
「『なにか』、聞こえたかな」
にこりと笑う髭切に、鳴狐はゆっくりと頷いた。
「あの音は……声は、あなたのものだったの?」
「そうだね」
「兄者のものだけではないぞ」
横から口を出してきたのは膝丸で、見ればつんと澄ました顔をしていた。そういえば、先程聞こえるのかと訊ねてきたときになにか言っていたような。
「あなたも?」
「まあな。もちろん兄者とは違う声だ。気づかなかったか?」
「……まったく」
「俺たちの声が聞こえるほどの耳を持っているのに、なぜ聞き分けができんのだ」
そうはいえども、無茶な話だと鳴狐は思う。聞き比べをしようなどと思わなかったし、そもそも出所が二つとは予想もしていなかった。鶴丸風に言うならば、驚きだ。がら空きのところを後ろから突かれた気分である。
複雑な表情の鳴狐を横目に、髭切がいたってのんびりと説明を始めた。
「我々の名は多くある。その中に、獣の名を持った時期があった。知っているかな、ええと」
「鳴狐。あなた方は、どちらも、鳴いたのだったか」
「そう。だから、名を改められた。まあ、声を得たのが先か、名が先か。……逸話だけを聞けば我らが声を得たのが先と思うのだけれどね。どうにも忘れてしまったな」
ははは、と朗らかに笑う髭切と、名は覚えているがそういえばどちらが先か俺も忘れたなあとぼやく膝丸の横顔はよく似ている。この兄弟は、その表情でわかりにくくあるけれど、造作の一つ一つがそっくりであることに鳴狐ははじめて気がついた。改めて並ぶ二振りを眺めて源氏重宝の双剣の意味を知る。
「ところで」
ふと笑いを収めた髭切がきゅうと目を細めて鳴狐を見据えた。
「声は聞こえるとわかったが、なにを言っているのかまではわからないということでいいだろうか」
ひやり。背筋に冷たいものが這った。不可視の抜き身を突きつけられている。危機を咄嗟に感じ取り、鳴狐はふるふると首を横に振った。全力だった。下手なことを言えば今後の共同生活に関わってしまう。まず髭切には思い出してもらいたい。聞き分けもできぬ自分に、声の中身までわかるはずもない。あれが声であることさえ今知ったというのに。
「なにも、わからない。ただ……声が、聞こえただけで」
「そう。……うん、まあ、それならいいか」
するすると強い感情を仕舞い込み、髭切は再びにこりと笑った。
「あれはね、我らだけの秘密のようなものだ。あまり他には話してくれるな」
「……もちろん」
「とはいえ、この声を聞けるものがいるとは思わなかったな。獣の名を持つからか?」
「………」
毛を逆立てる鳴狐と兄の激情を知ってか知らずか、暢気な膝丸に脱力しかける。この弟は兄者兄者とうるさいくせに(加州と大和守が堀川の『兼さん』とどちらが多いか数えていたほどである)肝心なところで疎い。ほんとうに疎い。
「それなら獅子王やら粟田口のちいさいのやらにも獣の名はいるだろう。獣に数えていいかわからないけれど、鶴や鶯だっている」
「ああ、そいつらからなにか言われたことはないな、そういえば」
「なぜだろうなあ」
揃って首を捻る兄弟を横目に、自分が恐らく『鳴』狐だからだろうとあたりをつけた鳴狐だったが黙って胸の内に仕舞うことにした。言えばまた面倒な絡みに遭いそうだと直感したのである。こういうときは自分の直感に従うが吉とこの本丸に来て十分すぎるほど鳴狐は学んでいた。
「ううん、よくわからないが、まあいいか。さて、そろそろ行こう」
「そうだな。邪魔したな、鳴狐」
「いや」
ひとしきり話して満足したらしく二振りはするりと立ち上がった。また話そうと機嫌よく笑う膝丸に手を振って一つ溜息を零す。夕餉の時間も近い頃、これからどこへ行くのかは敢えて聞かなかったし、聞く気も起きなかった。
気づけば長く話し込んでいたようで陽は随分と傾いている。なんだか疲れたな、とお供の背を撫でてやるとむにゃむにゃと身を捩った。この様子では覚醒まであと少しだろう。
(──・・────)
(───)
(──)
(──・──・・・・──)
廊下の先から微かに二振りの『声』が聞こえてくる。注意して耳を傾けると何とはなしに違う気がしたが、やはりそこまでで、それ以上はわからなかった。──ただ。
(……あ)
ただ、先程までと違って、そこに込められたものを感じ取れた。取れてしまった。
「……んんっ、鳴狐、おはようございます。わたくし、随分寝てしまったようですねえ」
呆然とする鳴狐の耳に高い声が届く。ぎゅうと一つ伸びをしたお供は軽く毛繕いをして鳴狐を見上げた。
「鳴狐? ……気分でも悪いのですか鳴狐?」
お供の呼びかけに応えられないまま、俯いて鳴狐は口元を覆った。ああ、耳が熱い。
(これは、……これは、恥ずかしい……なんといえばいいのか……)
髭切はこれを知られたくなかったのだろうか。そして膝丸はそれを知っているのだろうか。できることなら気づきたくなかったと切に思う。
まるで陽だまりのような、あたたかくてやわらかくて、触れるとどうにもくすぐったくなる、それでいて近くでそっと見ていたくなる、そんな感情のやり取りだった。誰にでも聞こえる声では決してしないだろうやり取りだった。件の二振りは、だからこそ音にならず互いにしかわからない方法を選んだのだ。きっと、それは。
「鳴狐?」
大きく息を吐き、首を一つ振って鳴狐は思考を中断した。言葉にできないものに形を与えることほど野暮なこともない。
「……なんでもないよ」
こしょこしょとお供の顎をくすぐり、さてと立ち上がる。厨から賑やかな声が聞こえてきた。炊きたての米と少し濃い味噌のにおいも漂ってくる。今日の厨番は誰だったろう。もうじき夕餉の鐘が鳴るだろうから、ちいさくかわいい甥子に混じって手伝いに行くとしようか。
廊下を行く鳴狐を追うように、ふわ、と声ならぬ声が響く。夕闇がゆっくりとかぶさって暮れていく庭に、その音は殊にやさしく溶けていった。
終
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楽キリコ @kirico_r
@toukenBLTL 髭膝が本丸に揃ったら風ノ旅ビトみたいに\ぽわ/\ぽわ/って鳴き合ってるとかわいいなって…獅子ノ子と吼丸…他の刀には聞こえないくらいの感じで二振りで秘密の合言葉のように…
13:46 - 2015年12月15日 - https://twitter.com/kirico_r/status/676639483404541952
上のついっとに自分で萌えて捏ね回した結果です笑ってください。誤字脱字ありましたらそっと教えていただけると幸いです。お粗末さまでした。